身体感覚の欠如

変形性股関節症になり、某病院の股関節専門外来で手術を勧められてから未手術のまま7年になります。

 

7年…‥長い(⌒-⌒; )

 

ふと気づけば変形性股関節症はもはやすっかり自分のアイデンティティ。

 

最初は何とか手術しないで治したいと試行錯誤しましたが、途中からはなるべ健康的にこの疾患と共存する道を探る感じになって行きました。

 

基本的な考え方として常にあったのは

身体からのサインとして私のところにやって来たこの疾患を「気づき」と捉え、その気づきを生活習慣の改善という形で日常に反映させることで

股関節のことだけではなく心身全体として、一病息災的にここから健康的な人生にして行ければ良いな〜という願い。

 

 

だからひと通り変形性股関節症関連の書籍を読んだ後は、むしろヘルスケア一般情報の方に目が行く生活になっていました。

 

ところがです!

 

 

3月に神経メソッドをZoom受講させていただく機会があった八田永子先生に、引き続き申し込んだパーソナルセッションで指摘されたこと。

 

それは先生のインプットに対して私の場合、身体の、情報を受け取る感覚に

 

繊細さがなさ過ぎる!

 

というもの。

 

 

ただただ闇雲にトレーニングし続けた結果、身体が本来持っているはずの感覚がすっかり麻痺してしまったのでは?というのが八田先生の分析でした。

 

が~~~

 

 

確かに一緒にパーソナルを受けた夫は、先生の様々な指示に打てば響く反応をするのに対し、私の方は、何をやったことによって、身体のどこがどう変化しているのかについての実感が、終始ぼんやりしたままではあったのですが・・・(^◇^;)

 

まじか。

 

 

自分が通常やっているルーティンワークを再現し、その場で修正を入れてもらう形で進んでいったセッション。先生のインプットは、その都度必要な修正が脳に送り込まれる形で行われるため、自分では腑に落ちていなくても言われた通りの動きが再現できれば効果が現れる仕組みになっていて、セッションの終わりには、無意識のうちに動きの質が改善されているという、まあとにかくすごい神セッションでした。(効果はまた後日少しずつ書きますが)

 

だけど

感覚麻痺とは( ̄▽ ̄;)

 

 

終わった後も、動作の改善よりも身体感覚における致命的問題点を指摘されたことに対するショックの方が大きく、まず一旦途方に暮れ、それから改めて考え直してみました。

 

そもそも

 

 

右股関節が変形の末期になるまで、その変調に気づけなかった原因は何なのか。

身体感覚をないがしろにして来たからでは?

 

 

実はもはや本人もほぼ忘れていたことなのですが^^;改めて振り返ってみると、もともと身体能力が極端に低い小学生でした。

 

とにかく運動が不得意で皆と同じように動けない。身体を動かす遊びの時に皆みたいにセンサーを働かせてその場で判断し機敏に行動することが出来ない。もしかしたら内股っ子だったことが関係していたかも知れませんが、今となっては理由は分かりません。

 

とにかくそういう「皆と同じように動けない自分」への対策として、子供の頃からいつの間にか発達したのは、まずコミュニケーション能力=友達に頼ること。さらに年齢を重ねるにつれ強化されたのが、人より劣っている身体能力よりも、相対的に得意だった知識の習得や情報収集能力の方に頼ること、そして最後は昭和的に「反復練習することによって」一応人並みに出来るようにはなる術を、ほぼほぼ完全に身につけました。その結果、自分のそういうハンデや劣等感のことは、少なくとも意識の上では既に忘れていたかも。

 

考えてみると確かに私の変股症対策は文字化、文章化、図化✖️反復練習が牽引する形でここまで来たかも知れません。でもそれは、変形性股関節対応を頑張り過ぎて急にそうなったというよりは、そういう策略でやって来た歴史はもっとずっと長いということに、今回改めて自分で気づきました。

 

 

運動神経や身体感覚の鈍さを、知識や他のことで補う。

 

 

小学校低学年の頃に苦し紛れに始まったはずのその戦略、いつの間にか人生のデフォルトになっていたんですね〜

 

知識を得ること自体は大事なことですが、こと身体に関しては知識よりも先に自分の身体の声をしっかりと聞ける感性がまず必要。

 

 

その為にはマインドフルネス=その時々に集中することが必須だと頭では理解しているのですが、今考えてみると、こと運動関連全般に対しては幼少時から刷り込まれた苦手意識のせいか、インプット場面において無意識に「どうせその場ではわからないから後で(人に聞くなり、調べるなりして)フォローしよう」が働いてしまい、インプットの時間そのものは何となく上の空でやり過ごす、そんな学習スタイルがいつしかデフォルトになっていたことにも気づきました。改めて考えると、なんともったいないこと!八田先生は、言語媒体よりも人の身体そのものと直接対話しながらセッションを進めるタイプの先生だったため、私のそういう癖は致命的な学習障害、そりゃもう瞬時に見抜かれました(^◇^;)

 

そもそもが「気づき」をキーワードに未手術で頑張って来たつもりなのに、そんな状態で得られていた気づきの質は残念ながら、自分で考えていたよりもずっと低かったというわけですね。リハビリを始めて以降は、運よく素晴らしい指導者の方々に恵まれたため、神インプットの数々を反復練習することにより、運動能力的実感としては、ここ数年で《爆上がりした》と言っても過言じゃないほどの成果を自負しているのですが(^^;;一方で身体感覚の欠如という点では実は昔からたいして進歩なかったということか。

 

 

で、ここからさらにレベルアップして行くためには、

 

自分の身体感覚に対する気づきの質を上げて行くという新たな課題の克服が避けて通れない!

 

そのことが、ここ半月で得られた最大の気づきであり、衝撃であり、もちろん大収穫でもありました。

 

 

八田先生のパーソナルで受けたインプットは、冷静に考えれば今まで私が諸先生方から受けたご指導と実はかなり同じ方向性であるはずなのですが、私から見て八田先生が今までの師たちと一番違った点は、パーソナル初回から「あなたの場合、まず真っ先にこの根本的な問題をどうにかしましょう!」と隠しておいたはずのパンドラの箱をテーブルの真ん中にバーンと全部広げて出していただいたこの感じ(^◇^;)  ・・・そしてそれは私にとって、まさに

今一番必要なこと

だったのだと改めて思います。

ありがとうございましたm(_ _)m

 

というわけで、2021年春はここからのスタート、来年度以降、私が優先順位一位でやらなきゃいけないのは

パンドラの箱の断捨離です(^◇^;)/

(トップの画像は江ノ島。八田先生のパーソナルセッションが湘南だったので、帰りに寄りました!How Beautiful!)

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