変形性股関節症プロフィール(8)賢者のポーズ

昨日恩師PTの「出来るんじゃないですか」でプロフィールを終えたつもりの私でしたが、今朝いつもの朝ヨガの最中に、ヨガの神様から「プロフィール、まだ終わってないだろ~」と天の声が降りて来ました。で、よく考えたらそうでした。まだ終わっていないどころかもしかしたら、これから書くことの方がメインかも知れません(^^; それに気づいたので謹んで追記させていただきます。

 

今日は具体的に行きます。

 

ヨガに「賢者のポーズ」というのがあります。

これは恩師PTのボディワークコンセプトにも共通点のあるポーズだったので、恩師とのヨガセッション時に時間をかけて丁寧に教えていただいたポーズでもありました。

 

私は左右共に変形性股関節症なのですが、右の方が悪いので、恩師にこのポーズを習った当時は、右膝右手を着く方の、右側バージョンが、モデルさんのようには出来ませんでした。右膝に荷重がかかると右股関節に痛みがあったので、このポーズに必要な腕と腿の角度を保つことが出来なかったのです。今から5-6か月前のことです。(下記の画像はテキスト内で、ポーズを完成する過程を説明したものです。)

 

恩師PTとのヨガセッションが8月初旬に終わった後、私は、月2回ほどママ友インストラクターに少人数グループでヨガを習ったり、ご贔屓のヨガインストラクターの単発セッションがあればそれに参加したりもして来ましたが、基本は毎朝、恩師と学んだ教科書にあるポーズを、その日の身体の状態と相談しながら適当に組み合わせ、一人でヨギーニライフを過ごして来たわけです。

 

夏の間は外でアーシングヨガ、10月からは室内ヨガに代わってますが、室内ヨガを始めてしばらくして大きな鏡を買いまして(‘◇’)ゞ、だって、ひとりでポーズをチェックするのに鏡がないと、背中はまっすぐか、足と手の角度はどうか、とか分からないもので(^^;・・・で、とにかくこの賢者のポーズについては、ある時から、右膝右手を着く方のバージョンでも、モデルさんと同じ角度が取れるようになり、おまけにその頃にはもう右膝に荷重がかかっても股関節が痛むこともなくなっていました。

 

で、それだけでも十分に嬉しかったのですが、今月に入り、この教科書の指示においては上記ポーズの先に「余裕があれば」やってください、と書いてあるこのポーズ

 

にも挑戦してみたんです。

 

そしたら驚いたことに、12月上旬の初トライの段階で既に案外出来そうなんです。これは最初のポーズ以上に股関節への荷重はありませんから、股関節症的にどうこうというよりは、体幹の問題なんですね。

 

でも月初にポーズを始めた段階では、身体を支える時、まだ腕の筋肉がブルブルしてました。恩師PTにはもちろん、ママ友インストラクターにもよく言われることですが、ヨガポーズは筋力でやってるうちはまだまだで、それぞれのポーズの中に骨格張力が重力とバランスを取れるポイントが必ずあり、そこにハマると筋力は格段にギアを落とせるようになります。重力を味方にし、地球と一体化する感じです。骨格を支えるための関節の角度にポーズのポイントがあるのは当然として、関節がその角度を取るために必要なインナーマッスルが重要ポイントで、最初は無理でも、毎日練習するうちに、身体の中で自然と、抗重力に必要な、骨と筋肉の協調が図れるようになって行く‥‥

 

そしてなんと!今日は賢者の余裕ポーズ左腕バージョンについて

左腕がブルブル震えることなく、ホールドすることが出来ました\(^^)/

 

右はもう少しです。多分あと数日???

 

賢者のポーズだけでなく、他のポーズでも同じことを感じるのですが、ヨガを毎朝やっていると、各ポーズごとの抗重力のポイントを身体が少しずつ掴み始めるような気がします。関節の角度とそれをキープするのに必要なインナーマッスルの協調。出来るポーズが増えるに従って使えるインナーマッスルも結果的に増えるので、そのおかげで日常動作時に股関節にかかる負担が減って来ていているんじゃないかと思います。夏以降も毎日ヨガを続けるうちに、恩師PTのセッションを終えた頃には通常10段階の1.5、無理すると2ぐらいだった痛みの指数が、今はもう少し下がっています。さらに先月からは痛み指数の下限安定と歩容改善を目指して全く別アプローチでのPT先生セッションも進行中ですので、それについては後日触れて行きます。

 

ヨガの叡智については、ブログにも先日書きましたが、ヨガの凄いところは、やっていて辛さがないことです。辛さがないどころか、毎朝ヨガを終えると、血流が増し、細胞が活性化し、エネルギーに満たされる感じで身体が喜んでいるのが分かります。身体とはもちろん、股関節だけじゃなくて全身です。

自分の身体を愛し

身体に感謝すること

 

それが恩師PTの教えの根幹だったかも知れません。専門家が教えることが出来るのは、不具合を抱えてしまった身体を慈しみ、まだこれからも大切に使っていくための方法であって、教わった方法を実践し、自分の身体に対して具体化して行けるのは自分自身だけなのだということ。それも恩師から何度も言われて来たことでした。

 

「出来るんじゃないですか」と言ってくれる指導者に出会えなければその先に行くことは出来なかった。でもそれを書いたならばその先のこと、そこから今までのことも書かないと公正じゃないでしょ?と今朝ヨガをしながら、ヨガの神様に言われた気がした。

 

その通りだと思いました。そして失われた軟骨が再生しない限り、その道はこれからまだまだ、多分ずっと続きます・・・

 

長々読んでいただいてありがとうございました。

 

後はブログでお会いしましょう(@^^)/~~~

変形性股関節症プロフィール(7)出来るんじゃないですか?

その頃私は、おそらくそれまでの経験から、整形外科と理学療法士さんには多くを期待してはいけない、という心のありようがデフォルトになっていて、その時も『姿勢の教科書』の中の骨盤前傾修正エクササイズを自分で行うのに医学的なアドバイスをいただければ嬉しいぐらいの気持ちでクリニックの予約を取ったように思う。

 

初診時には医師に、リハビリ歴も長くなって来ているので、出来れば股関節症に詳しいPTさんをお願いしたいと頼んでみたが、その前に既に担当理学療法士は決まっていて、リハビリ予約は既に取った上での受診だった。

 

こうして担当となった恩師PTは、確か30歳過ぎてそれまでのお仕事を辞められてからお勉強されて理学療法士になられた方で、クリニックに来られる前は、地方の病院の回復期病棟で3年間、主として脳血管障害の後遺症などのリハビリを行っておられたということだった。

 

股関節症についてどのくらい知っておられるのだろう?という不安は正直感じてしまったのだが、それでも初診時から恩師の印象はとても良かった。患者の心に寄り添おういう姿勢がすぐに伝わり、お話していて安心出来たことと、『姿勢の教科書』を持参した私の、様々な医学的質問に対しての回答が、どれも非常に詳しく且つ大変分かり易かったからだ。誠実そうで、ものすごく頭の良さそうな先生、というのが恩師の第一印象だった。

 

良く分からないけれど、なんだか楽しみな予感がした。クリニックから帰宅してすぐに、紹介者であるバイト先の若い上司にお礼のLINEを入れたのを覚えている。彼女の担当PTのお名前を聞き忘れていて、感じが良い先生だったからもしかして同じ先生かな?と思ったのだが、確認したら違う先生だった。紹介時に担当PTのお名前まで聞いていたらまた全然違う流れになっていたかと思うと、出会いは不思議だなあと改めて思う。

 

こうして恩師PTの治療が始まり、それは前半5か月、2か月のインターバルをはさんで後半3か月、合計8か月に及んだ。

 

治療の内容をここでとりあえずざっくり説明すると、

 

前半は

①徒手療法による呼吸関連筋リリースをしながら必要な医学的知識のインプット

②関節ファシリテーションから筋筋膜張力と循環器系の賦活を促すボディワークの伝達と実施

 

後半は

①「痛み」の本質についての理解を促す(カウンセリング的な内容)

②ヨガアーサナの指導

 

恩師PTから受けたこの8か月のリハビリ指導のお蔭で今の私がある。3年前には別の整形外科で別のPTの先生から杖の着き方の指導を受けていた変形性股関節症末期患者の私は、今、毎日ヨガを行えている。

 

ところで私は最初、アーシングの抗炎症効果を痛みのある方々に広めたいという動機でこのサイトを立ち上げた。

 

アーシングの効果は少なくとも私には絶大なので、こんなに手軽で無尽蔵で副作用もない痛みの緩和法があることを、ほとんどの関節疾患患者は知らないという事実はあまりにももったいないことだと思った。

 

ただ、サイトの方向性を決める過程で迷いもあった。

 

私は確かにアーシングから恩恵を受けて今の状況をキープしているが、アーシングはあくまでもサポートであり、恩師PTのリハビリである程度の水準まで回復した上でアーシングと出会っている、この事実は大きい。

 

恩師の治療効果にヨガとアーシングの要素が加わり、それら3つが相乗的に働き始めたところに、恩師の後に私の治療を引き継いで下さっているPT先生からの、また別の角度からの治療が加わり、そのすべてが融合して維持されているのが現状の私なのだと思う。

 

当初このサイトをアーシングの紹介に特化しようと思った理由は、恩師PTの治療はカスタムメイドなものであり、他の人に当てはまるとは限らないことや、そもそも同じような治療の機会を他の人が持てる可能性は高いとは言えないこと、あとは私自身が、恩師の治療の全容をきちんと理解しているわけでもなく、それを他の方々にうまくお伝えする自信がなかったことなどがある。さらに恩師PTの治療を発信することなく、今のPT先生の治療だけを発信するのでは整合性が取れないうような気がした。

 

その気持ちが変わって来たのは、今セッションにおけるPT先生とのちょっとした会話だった。徒手治療→歩容確認→徒手治療、と繰り返す中でPT先生はおっしゃった。

 

「でもこの治療も、エビデンスがあるわけじゃないんですよ。多くの患者さんを診て、実際にやってみて、こうじゃないか?というのはありますけど、それはむしろ感覚的なもので数値化出来ないので、科学的、という方向には行かないんです。」

 

PT先生にはアーシングの抗炎症作用についての論文を実際に読んでみていただき、それをサイトに掲載する是非について考えるヒントをいただいたりして来た。その論文の時にも思ったのだ。

 

エビデンスって何?

特にカスタムメイドな治療が必要な整形外科の保存療法領域において、エビデンスって何なのだろう?

 

理学療法士の方々が専門知識を背景に患者さんに対して行っておられるカスタムメイドな治療が、エビデンスがないから科学的ではないですというのなら、患者としての私は科学的じゃなくても良いからカスタムメイドな治療の方を取る。

 

変形性股関節症で整形外科を受診すると、医師はまずレントゲンを撮り、レントゲンに緊急の問題がなければ痛み止めや湿布を処方する。それでも痛みが続くなら手術を勧める。考えてみればそれらはどれもエビデンスがあるからで、逆に言えばそれ以外の治療はグレイエリアになるということなのか?

 

「でも」

 

PT先生は施術の手を止めることなく、こう続けた。

 

「ひとりひとりの患者さんについて、こういう治療をしたらこういう結果だったというようなケーススタディとしてならば、治療を発表することは出来るんですよね~」と。

 

ケーススタディ?!

 

アーシング論文のご相談に乗っていただいた経緯もあり、サイトのURLはあらかじめお知らせしてあったPT先生は、意外にも、このサイトの数少ない読者のひとりになって下さっていた。興味を持って読んでいますと言って下さり、それは意外でもあったが私にとっては一種の光にもなった。

 

恩師PTの治療から始まった、様々な要因の恩恵のお陰で、今こうして毎日ヨガが出来ている自分がいる。変形性股関節症保存療法治療のグレイエリアにおいて、私の経験は標準的なものとは言えないかも知れない。でも、標準的じゃない経験にも、あるいは標準的じゃない経験だからこそ、ケーススタディ的な意味はあるのかも知れない???

 

 

最後にひとつだけ、心に残る恩師PTの言葉をご紹介して、プロフィールを終えようと思う。

 

恩師PTは私のための運動メニューをいくつかのボディーワークとして作成して下さったのだが、その動きの一つ一つは、ヨガのポーズに近かった。動画を見て最初は、絶対無理!と思った私だったが、練習しているうちに不思議と少しずつ出来るようになって行った。そんな中、多分一年前ぐらいのある日、私は恩師に言ってみたことがある。

 

「先生、実は私、太極拳かヨガを、やってみたいと前から思ってたんですよね~」

 

それに対して恩師はこともなげにこう言ったのだった。

 

「いいんじゃない?出来るんじゃないですか?」

 

 

↑実はこれはプロフィール(5)太極拳の続編ですので、まだ読んでない方はこちらもどうぞ。

これでプロフィールが終わったつもりが翌日ヨガしながら、全く終わってないことに気づきました(^^;

⇒ 変形性股関節症プロフィール(8)賢者のポーズ

 

変形性股関節症プロフィール(5)太極拳

整体師Nさんのところには結局1年以上はお世話になりました。

 

転機になったのは、グリットフォームローラーとの出会いでした。

 

きらら体操教室のお仲間からの紹介でその存在を知って早速購入し、使ってみてびっくり。それまでテニスボールやらっこちゃんやポケットフィジオではカバー仕切れなかった広範囲の股関節周辺筋が、これを使うことによって自重により深部筋まで無理なくケア出来ることがすぐにわかりました。

 

整体師Nさんの施術は痛みの除去には効果的でしたが、関節や筋肉をかなり緩めるので施術日当日だけでなく、施術後も2日間程度はなるべく安静にした方が調子が良い、という点に、元来活動量が多い私は正直少し不自由を感じていました。

 

グリットフォームローラーで深部筋のケアが自分で出来れば、もしかしたら、守りの治療のみに追われ続けている今の状況から少しだけステップアップし、今より少しでも「回復」するのに必要なはずの、攻めの治療が出来る余裕が出て来るかも知れないと思いました。

 

ちょうどその頃、バイト先の知人で、長年太極拳をやっていて 見た目と心の姿勢が素晴らしい女性が、ご自身が出演する太極拳の発表会に声をかけて下さり、見に行く機会があったのですが、その太極拳の会ではかなり年齢の行った方でも皆さんきちんと動いておられることにとても感銘を受けました。

 

太極拳は動きがゆっくりなので素人目にはその時それほど大変そうに見えなかったのですが(知らないって怖い(^^;)、その同じ日の午後にNさんの施術に行って「私もやってみたいと思いながら見てしまいました」と言ったら、ホントに優しいNさんはホントに悲しそうに微笑みながら「まあでも、Mさんは水中太極拳ぐらいにしといた方が良いんじゃないですか?」とすごく控えめな感じでおっしゃいました。

 

「なぜですか?」と私。「太極拳はああ見えてもすごく筋肉を使います。Mさんの身体でそれをやったら、多分ケアが追いつきませんよ」と。

 

そうだよね、と私は、施術台の上で凝り固まった筋肉をNさんにほぐしてもらいながら思いました。

 

ただ普通に生活しているだけで、こんなに身体じゅうガチガチに固まって自分ではどうにもならなくなってしまうんだから、それ以上の負荷がかかったら生活して行けるわけがない。Nさんの施術日数だって、自分の趣味の運動のためにこれ以上増やすことなんか出来ない。それに水中太極拳なんて、メガロス にだってそんなメニューないよ。やっぱり変形性股関節症の私には、出来るスポーツはもうないんだよね。

 

変形性股関節症プロフィール(6)姿勢の教科書

 

変形性股関節症プロフィール(4)整体師さんとの出会い

きらら体操教室で、他の患者さんがそれぞれに試行錯誤を繰り返しながらご自分なりの方法で変形性股関節症と向き合っておられるご様子を知り、私も自分なりの方法を模索する旅が始まりました。

 

その旅の最初にお世話になったのが、整体師Nさんでした。Nさんは夫の紹介だったのですが、夫はその頃既にNさんの精力的な施術によって長年の肩こりから解放されつつありました。

 

Nさんの施術はオステオパシーをベースにしつつの独自メソッドで、Nさんお勤めの整体センターは都会のど真ん中にあり、元来、当時の私のような重篤な状態の患者を診るというよりもっと健康な人がメンテナンスのために訪れるような場所。そんなこともあって私の場合毎回人の倍ぐらいの時間を要したのですが、Nさんはいつも魂を込めて誠心誠意治療して下さいました。

 

Nさんの治療の後はいつも、凝り固まった全身の関節や筋肉が緩んで血流が増し、身体が軽くなりました。

 

Nさんとの間にはすぐに信頼関係が築かれ、この頃私は、旅行や仕事や行事などの予定もNさんにはすべてシェアし、予定を乗り切るためにどのような日程で施術予約を入れれば良いかも一緒に考えていただいた上で生活を組み立てていた感じでした。お蔭様で季節労働のアルバイトも続けられましたし、旅行では青森の白神山地を歩くことも出来ました(このサイトのトップページ写真がその旅行で撮った白神山地のブナ林です)。

 

最初の頃は月に2回、その後は月1回、Nさんの施術を受けることで、何とか日常生活を杖なしで乗り切れるベースが出来て来ました。根本的に回復して来たというより、筋肉や関節の痛みや炎症が蓄積し過ぎないうちに日々のセルフケアやNさんの施術を受けることで、変股症の痛みとの付き合い方が分かってきたのがこの頃でした。この頃家では毎晩ヨガマットに寝そべり、らっこちゃんやテニスボールで梨状筋をほぐすケアをしていました。

 

↑らっこちゃん と テニスボール

⇒ 変形性股関節症的プロフィール(5)太極拳

変形性股関節症プロフィール(3)きらら体操教室

それから先は試行錯誤の連続でした。

 

近所の整形外科に三度目の受診をし、そこで別のPTさんについてリハビリを再開したものの、それも結局2回ぐらい筋トレのやり方を教えて貰っただけで終了となる。そうそう 、2回目の時は杖の選び方と杖のつき方の指導があって、その流れで花柄の折り畳み式杖を購入したのもこの頃でした。この頃は20分連続しての歩行がもはや困難になっていて、友達とのランチの計画もいちいち気が重かったな。前みたいにみんなと同じように歩けないから、浅草から合羽橋まで足を延ばす計画に同意出来ない。配慮して貰わないと無理なくせに、配慮されるとそれはそれで申し訳なくて(泣)。

 

一番落ち込んだのは、ネットで見つけたとある股関節治療機関(自由診療)を受診し、大丈夫治ります!と言われ半年頑張ったけど私にはどうやら成果がなさそうだ、と分かった時。次の一手が浮かばず、ホントにどうして良いか分からなくなり、半泣きで闘病情報ネットサーフィンする日々の中、股関節患者を対象のきらら体操教室を知り、急だったが主催者の方にメールして活動に参加させていただきました。

 

きららは、ご自身も変形性股関節症患者であられる元舞踏家の彦坂惠子先生とその盟脚友様が、人工関節手術、未手術にかかわらず、同じように闘病している股関節症患者のために定期的に体操教室や講演会などを行ってくださっている団体。ネットを介してしか知らない集まりに急に参加するのには正直不安もありましたが、実際行ってみると同病者同士が笑顔で集って共に身体を動かし、その後ランチで様々な情報交換ができる会の雰囲気はとても良かった。お蔭様で私も、その後自分なりの股関節との付き合い方を模索して行く心のベースをここで得られた気がしています。

 

そもそも股関節症の治療に絶対の正解はない。人によって日によって状態も違う。その日その時の状況に応じて治療アイテムを選択するのは常に自分自身で、それは孤独と言えば孤独な奮闘になるのだけれど、そうやって頑張っているのは自分だけじゃない!そう思えることが何より力になった。脚友さんたちと股関節症アルアルと言えるような逸話を披露しあい、大笑い出来る時間は命の洗濯でした。

⇒ 変形性股関節症プロフィール(4)整体師さんとの出会い

変形性股関節症プロフィール(2)いきなり末期?

大病院の股関節外来に行き着く前に、確か最初の整形外科に再受診はして、その時には一応、変形性股関節症の病名はいただいたと思う。まあでもおそらくその時点ではまだ初期だったのでしょう。本人全く重病感はなかったし、リハビリをやりましょうと言われ、PTさんから合計二回ぐらいマンツーマン指導があったのち、その受診はあっけなく終了になりました。指導は筋トレメニューが中心でしたが、以上を家でやってください、と言われるだけで、継続的に通うようなリハビリメニューではなかった。結局筋トレならジムでも出来る?と当時はまだコトの重大さを全く分かっていなかった私は、通い慣れた体育館のジムのマシンで相変わらず脚の筋トレも続けたりしていました。

 

大病院の股関節外来受診は、ちょうどその頃人工股関節置換手術をそこで受けたばかりの友人がバイト先にいて、彼女に強く勧められたからでした。「あなたの症状は私と全く同じ!でも手術すれば楽になるから」と強く背中を押され、とりあえず受診することに。ただ、彼女は手術前には既に24時間、寝ても起きても痛みがあったと言っていたけれど、私はまだそこまでではなかったので、まあ折角熱心に勧めてくれるから一応念のためねー、というぐらいの、軽い気持ちでの受診。

 

で、そこで、自分の股関節も既に人工股関節置換適応ステージなんだということが判明し

 

だからまあ結果としてはこの受診は大正解だった。私はその期に及んでようやく、この股関節、自分で積極的にどうにかしないと大変だ!という気持ちになったのでした。

 

⇒ 変形性股関節症プロフィール(3)きらら体操教室

 

変形性股関節症プロフィール(1)痛くてもエアロビ

この辺で軽く病歴の自己紹介を。

私は変形性股関節症患者、某大病院の股関節専門外来で担当医師にレントゲン画像を見るなり

「これは末期ですねー。人工股関節置換種手術する決意が固まったらいつでも来てください。」

と言われて既に三年余の中年主婦(時々アルバイト)です。

 

そもそも健康に関しては、若い頃から過信がありました。

 

股関節、多分10年ほど前からごくたまに激痛を感じることがあったものの、整形外科受診は一度だけ。そこで一回大丈夫と言われたら、次に痛みが出たときにはもはや身体の声は聞かず、親の家の片付けでひとり祖母の箪笥を動かしたり、脚痛いなと思いながら父の本箱を二階に上げたりもしていました。

 

運動音痴なのに身体を動かすのが大好きな性格も災いしてその頃ちょうどエアロビクスにもハマってしまい、週何回か体育館のエアロビクラスに通ったりもしていた。下手でも気にせず音楽に合わせて身体動かすのはすごく楽しかった。運痴な私が、見た目のぶざまさを気にしないで踊れるのは、若い頃と違う、おばさんになった特権とも思い、その特権を思う存分享受していました。

 

 

⇒ 変形性股関節症的プロフィール(2)いきなり末期?