歩行経験を因数分解する

一言で「歩く」と言っても条件は様々

 

ほぼ毎日の実家通いが始まって三週間目。

最寄り駅から徒歩12分の登り坂を、バスを使わず、敢えて歩く生活にもすっかり慣れて来ました。

歩かなけば、歩けなくなる。

これは万人にとっての真実。

では、歩くことで歩けるようになって行くのか?

(変形性股関節症末期の場合も?^^;

 

良い機会なのでこれを自ら検証してみようという今回のプチ・プロジェクトの中で、早速気づいたことがありました。

 

それは、一言で「歩く」と言っても、

その時々で条件が様々だということ。

 

このことに気づかせてくれたのが、先週木曜日の、「急遽病院に行って、父の薬を取ってくる必要が生じた事件」でした。

 

病院に行くと言っても、保険証と診察券が実家にあるので、まず自宅から2時間かけて実家へ行ってそれらを入手、それから病院に電話し、患者本人ではなく家族だけでも受診すれば薬の追加処方は可能だと確認した上で、実家を出て駅に戻って電車で数駅の病院にGO

 

駅から病院まで歩き、病院受付から待合室を経て、随分と待ってから診察を受け、院外の薬局で薬をもらい、病院最寄り駅から実家最寄駅まで電車で戻ったら駅から実家まではまた徒歩で移動、というまあそういう行程。(朝、自宅を出るところから数えると、トータル5時間のタスクでした^^;

 

無事タスク完了ののち、さらに実家で数時間を過ごし、夕方まで居て徒歩で駅まで戻り、また2時間かけて帰宅。帰宅してスマホのヘルスアプリをチェックしてみると

 

さすがに結構歩いています。

 

 

日光観光の日(記事はこちら)がこれだから、なんと、日光の時よりも歩いている!

 

 

日光の時には痛みが辛く、隣を颯爽と闊歩する年配女性を見ながらまた久しぶりに「人工股関節置換」というワードが頭をよぎったのに、《薬を取って来る事件》の日には、坂道を含めて同等の歩数を歩きながら、痛みはおろか、ほぼほぼ変形性股関節症末期ということすら忘れていられたのは何故なのか?

 

歩けるようになる為に、日頃から歩くことは必要条件

 

まず一つ考えられる理由として、《薬事件》が起こったのは、たった二週間とはいえ、一日8000歩程度でも歩くことが習慣化した後だったというのは、やはり因果関係あり、という気がします。

 

これに対して日光へ行く前の2ヶ月間は、勤務も終わり、ヨガだけは毎日存分にやっていたものの、暑さもあって買い物はほとんどネットかオットに依頼。朝ヨガを終えた後は、家で過ごせる久しぶりの時間を、外出することもなく毎日謳歌しまくっていました。

 

 

これはヨガでも同じだと思うのですが、例えば最初は出来ないアサナでも、毎日練習すれば少しずつ出来るようになるし、そのうちふと気づくと「楽に」出来るようになっていることに気づくものです。

 

 

しかしその反対も当然あって、一旦は楽に出来るようになったアサナでも、数ヶ月間封印したのちに久しぶりに練習すれば、最初はまたキツく感じることもある。そしてもちろん、そこからまた何日か練習を続けることで、次第に楽に出来るようになって行くし、同じアサナならば、このリカバリーのために要する時間は、当然最初よりはずっと少なくなって行きます。

 

歩行という《運動》にもきっと、同じような側面があるのではないかな。

 

というわけで

 

今日の気づき①  

変形性股関節症末期、いざという時の《1万歩超え歩行》をこなせるようになるためには、やはり日頃から歩くことが必要条件である可能性が高い。

 

 

歩数に着目しがちだが、休憩や靴などの、歩数以外の諸条件も影響大

 

ただ、変股末期で痛くてたまらないのに、それを我慢して闇雲に歩数を稼げば良いかと言えばもちろんそんなはずはありませんよね。

 

そんな時、「歩数が多くても楽に歩けた経験」や「同じ歩数でも痛みが出たときの経験」のそれぞれの原因を分析し、それを自分の歩行の傾向と対策として、以降の歩行に生かすというのは、意味あることと思われます。

 

で、今回の《薬事件》の1万歩が楽に感じられた理由をもう一つ考えてみると、それは結果的にですが、この日は適度に休みながら歩数を重ねた、という事実に気づきました。

 

駅まで歩く、駅から歩く、これは最近のルーティンで、アップダウンのあるいつもの実家コースをこの日は2往復したわけですが、その間には電車に乗って座ったり、病院の待合室で座ったりする、脚にとっては休憩の時間が結構ありました。

 

一方日光観光の時は、コロナの影響もあって、のんびり座って休むことがこれまでの旅以上に少なかったように思います。結果、痛みのサインに気づいていても、ついつい無理しちゃったかな。雨天ということもあって、全体的に必死だったもんなぁ。

 

追加の気づきは靴について。

 

《薬事件》の時はもちろん、今日常生活での外出はほとんどがスニーカー(師からのご紹介モデル、さらにPT先生による理学療法的インソール調整済み)なのですが、日光観光の際には雨天だったため、久しぶりに勝負靴で旅に臨んだのでした。

 

勝負靴は勝負というだけあって?ちゃんとした革素材。

 

皮製なのでスニーカーより重量があるし、ウォーキングシューズ系であっても衝撃吸収性はスニーカーより落ちます。この勝負靴ももちろんインソール調整済みなのですが、直近2ヶ月というものほとんど歩いていなかった上での、久々にこれを履いての長時間歩行は、脚にとっては負担だったかも知れません。

 

そういえば、これらの靴のインソール調整自体も、最終調整していただいてから1年弱になるので、昨今の日々刻々の身体変化(着々とヨギー仕様に変身中^^;)を鑑みると、そろそろまたインソールチェックの時期かも知れません。

 

というわけで、気づきの後半をまとめると

 

今日の気づき②   

一言で歩行と言っても、それについての評価は歩数の数値だけでは計れない。同じ1万歩超え&アップダウンありという条件下でも、休憩頻度、靴や荷物の量などが痛みの出方に差を生じさせる。

 

 

痛みのコントロール=実はメンタル。そのために日頃から出来ることは・・・

 

そして、この記事を書きながら、ポイントのひとつはメンタルだということにも改めて気づかされました。特に「痛み」の感覚は、メンタルの影響を受けやすい。「また痛みが出てきた。もっと痛くなるんじゃないか」という不安。雨の中、こんな痛い脚で日光観光の全行程を終えられるかしらという不安。不安と痛みは確か、脳内の同じような部位が神経発火するんじゃなかったかな。

 

そして不安を払拭するには、師がいつもおっしゃっているように、「セルフコントロール感」を持てるようになることがとても大切なのです。

 

そのためには・・・

 

歩行の経験を客観視して因数分解し、傾向と対策を導き出して、次回、次善の策をやってみる。

 

そんな繰り返しで少しずつ、自分にとって痛みの出にくい歩行のノウハウを身につけて行ければ・・・。

 

というわけで、今日の気づき③ 

歩行出来る自分になるためのキーワードは実はメンタル。

セルフコントロール感覚を得るための第一歩は

俯瞰し、分析し、反省することで

経験を次に生かすこと。

 

実家通いは当分続きそうなので、

この歩行プロジェクトもまたしばらく続きます(^^)/

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